「ここがイバラが住んでる場所。というか、さっき言ってた屋敷だ。」
シェルディくんは目の前のお屋敷を指差しながら言いました。近くで見ると本当に大きくて、とても素敵です。
「スゲーよな。俺もここに住みてぇよ・・・」
シェルディくんは笑いながら言うと、慣れた手つきで門の鐘を鳴らしました。それはゆっくりと開かれ、私達はくぐります。確かに一度は大きなお屋敷に住んでみたいと思うことが私にもあります。とは言っても、一生お屋敷暮らしはちょっぴり大変そうですが。
「絶対に良い暮らしができる確証はないのに、どうして人は皆金持ちの生活をしたがるんだろうね。」
表情にはあまり出しませんが、シラユキくんは貴族暮らしが好きではない様子です。ですが、玄関までの間にある庭園を眺める姿はとても楽しそうで、本物の王子様のように綺麗でした。森にある家でも花を育てていることが見て取れたので、園芸が趣味なのでしょう。
「でも、お前も広い庭欲しいだろ。」
シェルディくんは肘でツンツンしながら言いました。
「まぁそうだね。庭って感じの庭、欲しい気持ちはあるよ。でも、それとこれとは別だと思う。」
シラユキくんは立ち止まりしゃがむと、そこにあった薔薇の花を見つめました。「相変わらず綺麗・・・」と呟くと、どこか遠くを見るように黙り込むのでした。その間にも進んで行くシェルディくんは、「置いてくぞ!」とどしどしと歩いていきました。
「先に行ってもいいよ。僕は少し、ここを見ているから。」
シラユキくんは花を見渡しながら言いました。私は会釈をすると、シェルディくんを追うのでした。
「お屋敷の中、すっごい!」
私は興奮しながら言いました。建物の中がキラキラしており、絵画や壺など、お話の中で読んだことはあるものの、あまり見ることが出来ない空間に自分が立っている事がとても楽しく思いました。不思議な世界もびっくりですが、これほど豪華なものも簡単に見れるものではありません。ですがここのお屋敷はあまり人がいない様子。勿論メイドさん達はいますし、目の前にも立っているのですが、少し寂しさを感じます。
シェルディくん達はイバラさんという人と知り合いらしく、直ぐにその人の元へ案内されました。部屋へ行く間も何人かとはすれ違うものの、大きさと比例していなさそうです。
コンコンと、メイドさんは扉をノックして言います。
「イバラ様、お友達がお見えです。失礼致します。」
「どうぞ」
メイドさんはその声を聞くと扉を開きました。するとどうでしょう。見知らぬ人、イバラさんと、見覚えのある人、カルアくんとモランゴくんが部屋の中にいたのです。
「やっほ~」
と、手を振りながら言うのはカルアくん。ここにいるとは思わなくてまたまたびっくりしたのでした。というか、何故いるのでしょう。私達が森からひたすら歩いた意味もなくなった気がします。
「テーブルに座るな。」
イバラさんは少し怒りながら言いました。カルアくんはここ、書斎のイバラさんのテーブルに座っていたのです。怒られるのも当然です。
「ところで、お前がマリアか・・・?いや、そうだよな。コイツらと知り合いみたいだし」
イバラさんは怪しそうに私を見ながら言いましたが、カルアくんとのやりとりを見て納得せざるを得ないようです。
「えぇ、私がマリアです。多分。」
「多分・・・?」
暗闇の中で名前が思い浮かばなかった事からカルアくんに言われた“マリア”を自分の名前としてきましたが、今更ながら認めて良かったのか不安になります。双子は「あってる!あってる!」と大きく丸を作りながら口をパクパクさせていました。ちゃんと“マリア”なようです。
「迷子って聞いて連れてきたけど、みんな知ってそうじゃねぇか。ちょうど良かったぜ」
シェルディはここに来てもなお、解決しなかったらどうしようかと思っていたのでしょう。私も心配でしたがどうやらひとまず、安心です。
「とりあえず、私はこれからどうしたら良いのでしょう?」
イバラさん、カルアくん、モランゴくんに向かって問いかけます。
「オレは知らない。」
イバラさんは本で顔を覆い隠すと、面倒くさそうに言いました。ちょっぴり悲しい気持ちを抱きました。
「いーじゃん!住まわしてあげなよ!」
「うんうん」
カルアくんはイバラさんにお願い!と頼み込むと、モランゴくんも同じようにポーズをしたのでした。別に住むことに関してはイバラさんも何も言いませんでしたが、ひとつ条件があるみたいです。タダで住まわしてもらうなんてことは考えていないため、大人しく聞くことにします。
他の人には聞こえないようにイバラさんは言いました。
「この世界で違和感を感じても何もするな」
「えっ・・・?」
違和感・・・?いいえ、それ以前に彼も、この世界について何か知っているのでしょうか。イバラさんもこれ以上は聞くな。そういう目をして言う為、私は黙り込みます。
そんな時、シラユキくんがゆっくりと部屋の中へ入ってきました。隣に金髪の美青年を連れて。とても長い髪の毛をまとめており、ふわふわしています。
「シラユキさんが玄関先で眠っていたので連れてきました。」
彼は眠そうにしているシラユキくんをソファに連れて行くと、いつもの事のようにそのまま寝かせつけたのでした。そして、私の方を見ると、
「初めまして、ティアトレーネです。ティアとでも呼んでください。あと、私には近づかないでくださいね。」
挨拶すると同時に、近づくことを拒否られてしまったのでした。美人さんで、微笑んだ姿も綺麗ですが、何よりトゲがありそうです。例えるなら薔薇のようでした。
「あ、ティアさん。今関係ない話なんですけど、ついでに・・・」
「ん?お茶会の話ですか?」
どうやらモランゴくんとティアさんはお茶会をするようです。とても楽しそうに話す2人を見ている限り、ティアさんは優しそうに思えるのですがどうなんでしょう。近づく事が許されないとなると、お話することもできませんが。
「とりあえずここにいても仕方ないし、マリアを部屋に案内するか・・・」
イバラさんは眼鏡を外しながら言うと、立ち上がりました。シェルディくんは先程、お屋敷で暮らしてみたいと話していた事から「良いなぁ」と呟いていました。私もこうなるとは思っていませんでした。
「君達はどうする?そろそろ日が暮れるが、とは言ってもシラユキはぐっすりだな・・・。」
「俺がちゃんと連れて帰りますよ。あ・・・でもおんぶとかめんどくさいから、外にある台車借りても良い?」
☆★☆
私はイバラさんに連れられてこれから暮らすことになる部屋にやって来ました。書斎を出る時ティアさんに「近くの部屋だったら許しませんからね。」と言われてしまったのですが、お屋敷に人が少ないからたくさん部屋も余っているという以前に、空き部屋も場所が限られているはずです。ですが、ティアさんに申し訳ないので少しでも遠くのお部屋だと嬉しく思います。
「着いたぞ」
イバラさんにそう言われて部屋の方を見ると、これまた素敵な空間が広がっていたのです。憧れのふかふかベッド、大きな窓、まさにお姫様の様です。
「もう少ししたら食事の時間ではあるが多少は休めるだろう。メイドが呼びに来るから、寝ても問題ないぞ。」
イバラさんは気難しそうな人だと感じましたが、結構気の利く方なのかもしれません。
「突然来たのにも関わらず、部屋まで用意して下さりありがとうございました。正直これからどうなるかわかりませんが、よろしくお願いしますね。」
イバラさんは頷くと、その場を後にしたのでした。
私はとりあえず窓の外を見てみることにしました。バルコニーになっているため、外にも出られます。シラユキくんが綺麗だと言っていた庭園も良く見えるのと同時に、改めて広さを知ることができました。街を一望する事も出来ますし、遠くの海だって見えてしまいます。お姫様の気持ちってこんな感じなのかしら。でも昔から毎日同じ景色を見ていたら、こんな素敵な風景でも飽きてしまうかもしれません。複雑です。
私は窓を閉め、ベッドへ向かうとそのまま寝転がりました。今日はいろんな事がありましたが、とても楽しくも感じています。そういえば、イバラさんの名前からしていばら姫からきていることがわかりますが、どんな繋がりがあるのでしょう。ティアさんもです。ゴールドで、長く綺麗な髪の毛はラプンツェルから来ているのがわかります。この世界はモチーフが可愛らしいですが、その分謎も深まります。特に双子、彼らはどこに住んでいるのでしょうか・・・。
「呼んだ?」
「わぁっ!」
考えていたら本物の双子が現れてしまいました。ところでどこから入ってきたのか、聞こうと思いましたがやっぱり辞めました。
「俺達、明確な家がないんだよね。だからマリアを泊めることもできないわけ。」
聞こえてたんですか?聞こえてたんですか?私の心の声を、覗き見したんですか?と、そんな事を考えているのも聞かれていたらどうしましょう。
「って、お家がないんですか?」
私はカルアくんの方に向き直して聞きました。お家がなければどこで眠っているのでしょうか。
「ないよ。因みにどこで寝てるかは、秘密です。」
モランゴくんは人差し指を口に当てるとニコッと微笑みました。これは絶対聞かれています。例の如く、深くは詮索しないつもりではいますが。
「あ、そういえばちょっと休むんだったよね!またね!」
「え!?あ・・・早い・・・。」
2人はそそくさと部屋を後にしました。神出鬼没とはこういう事を言うのでしょう。とにかく私は、頭を落ち着かせるために一度寝ようと改めて横になると、数秒で眠りに落ちたのでした。